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2011年 06月 11日 |
あれから三カ月です。
最近よく友達や研究室の人と言い合っているのが
「桜は見たけど、春ってあったけ?」
という一言。
いつの間にやら梅雨です。そしてその次は夏。
ともかくも、長くてせわしない三カ月でした。

しかしながら三カ月というのは、人間の勝手な区切りであり、大地や海には意味のないものだとも思います。
また大きめの余震の可能性や、誘発地震の可能性も指摘されています。
現地では一度減った有感地震もまた増えている印象があります。
そんな中確認しあっているのは
「また大きいのが来たら、ともかく逃げる事」
です。

復興へ、復興へ、と前を向こうとする報道は大変多いですが、その裏には「前を向いていないと立っていられない」という被災地の足元への理解が必要です。
報道にはのらない、哀しい事や腹立たしい事、不愉快な事はあの日以来毎日起こっています。
震災は終わっていません。
けれどやはり、やらなければならない事は多く、また日々の暮らしは迫ってくるのです。

一方で、3月11日以来、人間に必要とされている事の本質は変わっていないとも思います。

「神よ、
 変えることのできるものについて、
 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
 変えることのできないものについては、
 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
 そして、
 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
 識別する知恵を与えたまえ。」

地震後あちこちで引用されたライホルド・ニーバーの"Serenity Prayer"、通称「ニーバーの祈り」。
もう一度思い出してください。

「変えられるものを変える勇気」「変えられないものを受け入れる冷静さ」「その二つを認別する智恵」
この三つがあの日以来、あらゆる人々に必要とされています。

原発事故も未だ終息していません。デマや不確かな情報は流れつづけています。
私にはとても不愉快なことがありました。
「あなたのため」という甘いコーティングがなされた、人の恐怖だけを煽る情報を一時間にわたって聞かされました。
有益な情報もありましたが、既に私が知っている情報がありました。容易く論破できるものもありました。相手の勉強不足もありました。逆差別にあたる発言もありました。
そして「あなたのため」と言って頭ごなしに説教されました。
ですがその人が懸命にまくしたてる間、私は
「ああ、この人の不安解消行動に付き合わされているのだなぁ」
と思っただけです。
そして最も腹たったのが
「間接的な支援は偽善。直接的な、現地に行ってのボランティアだけが善である」
という主張でした。
私には少し事情があり、現地での肉体的なボランティアはできない状態なので、大変に複雑な思いをしたことを記しておきます。

この出来事で私が再び思ったのは

「その情報は、あなたが心から人の役に立てたくて発したものか」

という疑問です。
その情報を拡散したいのは、あなたが誰かを助けたいからですか。
それともあなたの怒りや恐怖を誰かに伝染させて少しでも軽くしたいためですか。
後者の場合、安易な情報拡散や行動は控えて、一呼吸置いて、「誰かを助けたい」という思いを呼び覚ましてから行動に移してください。
"Festina lente."「ゆっくり急げ」と訳される言葉があります。
何を信じて、どう行動するのか。
それをしっかりと考えて生きていきたいし、生きていってほしいのです。


"Memento mori"というラテン語があります。
「死を思え」と訳されることの多い言葉で、「人は必ずいつか死ぬものであると心得よ」という意味があります。
どのような人生を送りたいか。
己が死ぬ時、どのようにして死にたいか。
どのような人間であったと記憶されたいか。
「生きる」の終着点である「死」を思えばこそ、わかること、認識できる事はたくさんあります。
あなたはお葬式で、どのような人たちに、どのように見送られたいですか。
そこを思えば、多くの人は「今の己の生きるべき道」がわかるのではないでしょうか。

奪衣婆と懸衣翁の説話を引き出すまでもなく、大難があったとき、人間は地位や名誉、建前や物質的な成功といった「肉」を思いがけずはぎ取られ、人間の本性という「骨」を晒すことになります。
この震災で多くの人の「骨」という本質が晒されました。
「地震が悪人と善人をあばいた」
という人もいますが、それは違うでしょう。
性善説と性悪説に決着がつかないように、また「中道」「中庸」という言葉が生まれたように、清濁あわせもつのが人間であるのかもしれません。
己の肉を削いだ時、どのような骨が残るのか、また、残したいのか。
要するに我々一人一人の本質にすべてがかかっているのだと思います。

未だ被災地は震災の中にあり、復興は始まったばかりです。
津波で人が亡くなっていない地域にも、漁業被害などがあります。
私の親の実家は農家で、今年も田植えをしました。
しかしながら、
「この米を育てて、果たして食べられるものとして収穫できるのか」
という不安が常にあります。
そんな人がたくさん、たくさんいます。
そして多くの非難や批判の中、懸命に頑張っている人もいらっしゃいます。
「己のこと」を捨て置いて、「誰かのため」に奔走する人がいます。
どうか記憶の片隅にでもいいから、「あの日」を置いていていただければ幸いです。

2011/6/11 昴秀竜
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by 7thdragon-sister | 2011-06-11 17:56 | 日々雑感