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この一カ月で考えたこと。
2011年 04月 09日 |
震災から約1ヶ月。
その間に思ったことを書いてみます。

歴史学を学ぶ立場として、「記録」というものの重要さを日々考えています。
また「ものを書く者」として、「書く」という行為の意味を考えています。
その二つの視点から、「東日本大震災におけるちっぽけな被災者がひと月の間に考えた事」として私の考えたことを以下にまとめます。
拙いですが、お時間のある方は参考などにご覧いただければ幸いです。
また、地震のショックやストレスがある方などには、フラッシュバックの危険もありますので御覧いただかないことをお勧めいたします。



・まず簡単に、私、のこと。
私は実家暮らしの文系大学院生です。
被災時は仙台市の街中に居り、一時的に帰宅困難者になりかけましたがその日のうちに帰ることができました。(詳しくは別記事をご覧ください。こちら
家は海に面していない内陸部にあり、直接的な被害は家の土台に亀裂が入り、3月14日まで電気がストップし、断水が3月28日まで続いたくらいです。
沿岸部に比べればかなり軽度の被災だと言えます。
しかしながら、家族にメンタルに病気がある者が居り、私自身も軽い神経症持ちなので、家庭内においては大変であった、ということだけ記しておきます。


・デマや情報について考えたこと
まず、先にツイッターに載せた私の文を転載します(4月9日未明掲載分)。

「自戒を込めつつ言うんだけど、一億総発信の時代が来たのに、「自分が責任ある発信者側である」という自覚のない人が多すぎやしませんか。言葉には力がある、といいますが残念ながらマイナスの力を持つこともあります。RTや送信ボタンを押す前に一呼吸してちょっと貴方の言葉を見直してみてください。
「これは引用文だから・RTだから私には責任がない」と思ってはいけません。「この言葉を私は信じたから誰かに伝える」のでしょう? その「誰か」は貴方の助けたい人であったり大切な人であったりしませんか? あなたのその「選んだ言葉」で誰かを傷つけてしまう可能性を少しだけ考えてください。
研究をしていると「根拠は?」「資料は?」「理由は?」としつこく聞かれます。あなたの流そうとしている情報には「ソース(source:出所)」はありますか?その発生源は「友達の友達の知人」じゃなくて「顔の見える」あるいは「名前を知っている人・機関」ですか?少し考えてみてください。
日常において「疑う」という行為は後ろめたいものに感じるかもしれません。だけど少しでも「変だな」と思ったら、ちゃんと「出所」を調べてみてください。手間は取られますが、それが「デマを流さない」ための一番大事で肝心な、最初の作業です。
「疑う」「調べる」ことは「失敗を許さない不寛容な行為」のではなく、「より正しく物事を運ぶための一手間」です。どうぞ、その手間を惜しまないでください。情報を見てすぐに脊髄で反射してはいけません。脳で、あなたの心で、考えてから言葉や情報を流していただければ幸いです。」


電気が来ないあいだ、ラジオしか情報源がありませんでした。
そこで次に情報源になるのが携帯電話でのメールです。通信手段が限られ、ネットにも接続できないのでラジオと友人の情報が頼りでした。
「○○で銭湯が営業しているよ」
「××で買い物ができるよ」
有益な情報が届く中、デマが届いたことも多々あります。
大変に悪質なデマです。
また、ネットが復旧しツィッターに繋がった時の、未曽有とも言える「被災地ではない人たちの」パニックには驚きました(これは私が比較的無事であった内陸部にいたせいもあるかもしれません)。
流言飛語とはこのことだと思いました。しかしながら、RTや流される情報の多くが「善意」の元に流されているとはわかりました。
ですが、「情報源が確かめられていない、不確実な、善意にだけ基づく」情報でした。
精査されない情報には「餓死」「飢餓状態」などショッキングな言葉が並び、脊髄反射的に、チェーンメール的に広がるものばかりでした。
「被災地は大変なことになっている」と騒ぎ立てた善意の人々はその後、何か行動をしてくれたでしょうか。
勿論、
「募金したよ」
「行政に物質を預けてきたよ」
「献血したよ」
と言ってくださった方が居り、またそうしてくださった方が多いのは知っております。
ですが、皆さん、情報を放った後、いくつかデマが紛れていると判明したものの訂正や、どの時点の情報かわからない状態で流した情報の追跡はしましたか。
勿論、訂正記事やRTの解除を行った方も多いでしょう。
しかし多くの情報は流されたままです。
その情報は新たなパニックを生み、正しい情報を求める被災者に混乱と更なる不安をもたらしました。
責任感のない善意は、「小さな親切、大きなお世話」です。明確な悪意より厄介で、扱いにくいものでした。
そんな中、責任感をもって「医療情報」「サバイバル知識」「行政の動き」を伝えてくださった方には本当に感謝しております。


・マスコミについて
電気が復旧し、テレビを付け民放の全国放送を見たとき感じたのは「違和感」です。
がれきの山になった沿岸部や、ミリとマイクロの区別も解らず放射線の恐怖を伝える画面。
必死に行方のわからないご家族・ご友人・ご親戚・ご近所の方を探す人を追うカメラ。
伝えなければならないことは、確かにたくさんあります。ですが、民放全国放送のマスコミが何を伝えたかったのかが未だにわかりません。
地方地元局は、安否のわからない人へのメッセージを募集し流し続けてくれました。サンドウィッチマンの二人が「もっと避難所の人の顔を映せ」と言ってくれた後は避難所からの発信をしてくれました。
NHKは未だに通信手段の復旧しない地域へテレビを使った「再会」や「連絡」の場を設けてくれています。
勿論、バラエティーが得意な局は笑顔や日常のためにいつもの放送をしてくれていいと思います。
ですが、報道は、あの日、あの時、何を伝え、何を訴えたかったのでしょうか。ショックと不安を撒き散らし、何がしたかったのでしょうか。私は「所詮、安全な所にいる人たちのやることだ」と思っただけです。
勿論そうではなく、真摯に報道をしてくれている方、流された映像や音声から被災地のことや気持ちを慮ってくれた方がいるのは存じております。
ですが、
「見世物じゃないんだ、そこは誰かの大切だった場所で、その人は僅かでも希望や願いを持って人を探してるんだ、見世物じゃないんだ」
と強く思ったことを覚えています。

そして、停電二日目の真っ暗な夜、NHK仙台のラジオから聞こえてきた閖上という場所の様子を見てきた記者さんの話を聞いた男性アナウンサーさんが
「閖上は、魚が美味しくて、海があって、優しい人のいる町で……」
と言った後、少し言葉に詰まりながら
「取り乱してしまい、申し訳ありません」
と言ったことをきっと私は忘れないと思います。


・沿岸部に行くべきか否か
内陸部で被災したため、沿岸部の様子を生で見たわけではありません。一時現実を見に行くべきか、そこへ行って何かするべきではないか、と考えたこともあります。
津波で家が浸水した友人たちがいます。
その友人たちに会いたい、何か持っていってあげたいと思いましたがガソリン・物資の不足でできませんでした。その友人たちとは未だメールだけのやりとりです。
それでなおのこと、沿岸部に行くべきかと悩んだ時期があります。
しかしながら、私が沿岸部に行って、友人の顔を見て物資を届けられたところで何が変わるのか。
おそらくは友人と私はほっとするし、物資も何かの足しにはなるでしょう。でもそれだけです。それとは別に、行政やボランティア団体から物資はきちんと届いています。
また、避難所に親類を迎えに行ったりする方たちのほうがガソリンを必要としていました。
メールで無事が確認できたなら、それで十分。
その時はそう思うことにしました。
この問題については、私の中で「どの時点で訪れるべきか」という問題に変化しつつあります。
まだ答えは出ていません。被災した県民として、あの地を見に行くべきか否か。
何もかも流されて助かったのは身ひとつの知人がいます。
親類を亡くされた先輩がいます。
そこで、その場所で何をすればいいのか。何のためにそこへ行くのか。
ただわかるのは、明確な行動理由がなくご迷惑をおかけするだけなら、またまだ自分の身辺に片付けるべき問題があるなら、いかないほうがいいということだけです。

・いつまで落ち込んだ顔をしてればいいの?
勿論、今回の震災は甚大なもので、多くの人は直ぐに立ち上がる事さえ難しいです。
ですが、私たちは生きていかなければなりません。
片付けもしなければなりません。
街中では会社に行かなければなりません。実際に辛くも無事だった沿岸の家から、街中の職場まで一生懸命通ってきている後輩もいます。
震災前と同じとは言えないものの、日常が迫り、生きていかねばなりません。
何にもなくなってしまったから、うんと泣いたらまた立ち上がるしかないのです。それしかできないのです。
ですが、報道を見ていると必要以上に「自粛」「不謹慎」「被災地の事を考えると……」と言う人の多いこと。被災地以外がお通夜みたいだった時期もありました。
服喪の気持ちがあれば、不謹慎なことなどないのです。献杯を捧げてくれるなら、お酒だって呑んでもらっていいのです。
数年前に曾祖母が亡くなったときも、祖母が亡くなったときも、忌引きの期間が終われば私も日常に戻らなければなりませんでした。愛犬が亡くなったときは忌引きはもちろんありませんでした。しかし日常に戻った後、周りの人が日常のことをこなしながら気を使ってくれているのはとてもわかりました。
それでいいんだ、と私は思いました。
私たちが日常に戻るためにも皆さんはいつも通りにしていてください。
大切な人と大切な時間をたくさん過ごしてください。
東北や北関東のものを買ってくださったり、風評被害を受けた作物などを買ってくださったりとそれできちんと皆様の気持ちは伝わっております。
ありがとうございます。
皆さんが笑っていれば、私たちもそのうちに、笑います。

その後大きな余震があり、「立ち上がろうとしていた矢先に」という報道がありますが、失礼な話です。
余震は止められません。人智の及ばぬ大地の事だから、仕方のないことです。
しかしそれでまるで復興を諦めたかのように言われるのは心外です。
確かに再びの停電、断水、ガスのストップは少なからぬショックでした。ですが今度は、特に電気は、早い段階で戻りました。
頑張っている人がいます。頑張り続けている人がいます。これから立ち上がる人がいます。
復興や努力に水を差すのは、余震ではなく、そのような諦めの思考を持つ「人」です。
また同時に、復興に手を差し伸べていただけるのも「人」だけです。
どうか、お力添えをいただけるのならば、後者の「人」であってください。
日本人は技術を進化させることのできる人たちです。
東北人は無口だけど頑固です。
私は「人」の優しさと強さを信じております。復興は必ずします。
ですから、どうか、あたたかい手とまなざしをお願いいたします。

2011/4/9 昴秀竜
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by 7thdragon-sister | 2011-04-09 15:53 | 日々雑感