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個人的な記録。
2011年 03月 31日 |
懸案だった水道が復旧いたしましたので、新年度が明るいものとなるよう、個人的な被災な記録は本年度のうちに済ませてしまいたいと思います。

以下、当時のショックなどが戻るといけませんので、未だストレスの高い方は閲覧をご遠慮ください。

被災地:仙台市中心部。



3月5日(土)夜
最寄り駅にて鼠を発見。しばし見つめ合ったのち相手は生垣に消えた。
地震とは関係ないかもしれないけれど(一匹だけだったし)、野生のネズミ(?)と出会ったのは初めてだった上に野外だったので異様に覚えている。

3月9日(水)
知人と会うために乗りこんだ地下鉄で比較的大きめで長い揺れにあうも、人が歩いていたので「おじさんが歩いているせいかな?」と思う。
今思えば余震だったのかもしれない。

3月11日(金)
午前中に講義があるので大学へ。
午前中は気分がすぐれず、うたたねなどをした結果昼を過ぎ何時の間にか14時だったので遅めの昼でも駅前で食べて帰ろうと大学を出る。

五橋通り北目町交差点にて被災。
ゆ~らゆ~らといった感じの揺れが異常に長く続いたものの、この時点で立っていられる程度であったため
「S波かな? P派かな?」
などと呑気に考えていたところ本揺に。立っていられず、信号機がキシキシ音を立てて前後に揺れ始め、街路樹から枝がバラバラと落ちる。
横断歩道の向かいではサラリーマン二人が自転車にお子さんを乗せたお母さんを助けて地面に伏せさせていた。
通りの向かいのビルが激しく前後に揺さぶられているのを目撃。
交差点だったが、進入する車はなく事故はなし。信号機もここは故障していなかったのですぐに交通が復活。通行人は立ちつくす人多し。
大学にいる人たちと本棚が気になったので来た道を引き返す。
SS30、ウェスティンホテル前(北目町交差点)はひらけていて何事もなく見えたが、引きかえすと被害の大きさがだんだんわかってきた。
中央郵便局前に局員が大量に出てきており、中央分離帯まで避難している人あり。ベビーカーのお母さんとかよく渡ったなと思った。胸を押さえている女性、顔を見合わせるサラリーマン等あり。
美容室では髪が濡れたまま外へ出たお客さんと美容師さんあり。
ビルのガラスが歩道へ落ちている。二つ目の信号が停止していた。
ここで中央警察署よりパトカー出動の音。
五橋交差点で信号機の装置が煙をあげており、近くの会社の人が通報していた模様。他、ビルからの落下物の為に三角コーンを出すなどビルの人たちは素早い反応。
止まっている車の間を通って大学のある方へ。
日産のショーウィンドウがくだけていた。
そのまま大学へ続く道へ入ると、マンションや商店の人が外に出ていた。
三階建てのラーメン屋さんの外壁が崩れ落ち、内壁の外側がむき出しの状態。
大学にもどるももぬけの殻。
大学院棟に入ろうとした所を見つかり、広場に誘導される。
指定避難所に避難。途中顔見知りの先生に
「うちの○○知らないか」
と言われる(後合流)。その横には阪神大震災を経験なさった先生がいた。
ここで二時間ほど。
キャンパス内に居た友人、知人全員無事を確認。家に一応「無事」とメール。
後輩が楽器を抱えて避難してきてちょっとなごむ。
ウィルコム以外のケータイが使えなくなり始める。
大学院棟の煙突に亀裂が入り、崩れ落ちそうなのを確認。一時入ることをゆるされたので、貴重品だけを取りに戻る人多数。先生の研究室がある棟も損壊がひどい。
ワンセグで仙台空港水没を確認。よくわからない。あれは海だったとしか思えない。
近くに居た先生が「実家が近い」とつぶやいた。(後、ご両親は辛くも無事だったそうです)
雪が舞ってきた。シートがしかれ、毛布が配られる。
地震の影響か雪が強くなり、準備の整った体育館へ移動。
ここで友人が
「家に妹が一人でいるから帰らなきゃ」
と言いだす。
本人は冷静なつもりのようだが、客観的に見るとパニくっている人の典型になっていたので心配になり、方向が同じなのもあって一緒に帰るよ、と告げる。
吹雪が収まったのを見て出発。
顔見知りの先生に今から歩いて帰る、と告げると隣町居住の別な先生から
「無茶だ」
と言われるも、友人が心配なので決行。青葉神社から仙台駅まで歩いたもんね、と思う。毛布をかぶって移動開始。
街中、かなりひびの入ったビル、崩落した壁などあり。
途中アーケード街を通ってルピシアやストーンマーケットなどをみたが中はめちゃくちゃ。
公園前にて二人のおばちゃんから
「毛布ひきずってるわよ!」
と言われる。おせっかいなおばちゃんは存在し続けるものである、と思った。
街中、バス停はすでに長蛇の列。
父の会社近くに来た時、ふと父を思い出すが既に会社を出ていたりした場合無駄な体力消耗になってしまうので立ち寄るのは断念する。
道は郊外に出るほどボコボコ。ところどころガスのにおい。火事にならなかったのが奇跡。帰宅困難者、列をなす。なので怖くはない。
途中のコンビニ等で何か買おうと思うが、すでに長蛇の列で断念。ガソリンスタンドはトイレを解放しているところもあった。車屋さんのショーウィンドウはことごとくくだけていた。
途中で友人と別れる。ここですっかり日が暮れていた。
三つ先の最寄駅に車を駐車しているので、そこまで行ければと思うものの、車が使えなかったらどうしようと悶々としつつ歩く。
駐車場に行くと前を歩いていた女性が事務所のドアを開けた。
「車出せますか?」
「出せます」
とのことなので、一緒に中を案内してもらう。駐車場はむしろ頑丈な建物だそうだ。
車発見。同時に懐中電灯持ってケータイいじってた父も発見。前を歩いていたらしい。
「ここまでくれば車があると思った。おねーちゃんこなかったらどうしようかと思った」
という父は自分の車では市内脱出不可能と見て歩いてきたとのこと。
父の運転で自宅に戻る。家族全員無事。
母が迎えに出てきた。
「あんたのケータイにお父さんと帰って来てっていれたのよ」
とのこと。
確認すると父から「会社においで」というメッセージも入ってた。危機一髪。
水以外のライフライン全滅。念の為にあるだけの容器に水をためる。
妹に
「おねーちゃんとおとーさんの部屋すごいよ」
と言われて確認すると、本棚から雪崩。どっと疲れる。
とりあえずどうしようもないので、卓上コンロでウィンナーなどを焼き食べ、ラジオ聞きながらろうそくをともし、寝る。

※この後は※
プロパンガスだったので翌日からなんとかして火で料理。
3月14日(月)夕方に電気復旧。
3月28日(月)に水道復旧。
というかんじでした。
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by 7thdragon-sister | 2011-03-31 17:24 | 日々雑感