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ツイートまとめ。
2010年 09月 13日 |
九月なの?!九月なのね?!

……というかんじでようやっと涼しくなってきたような気がしますが皆様お元気でしょうか。
むしろすでに九月になって二週間経ちそうなのを己に問いたい。

そんなこんなですが。
「竜神シリーズ」以外のツイートもまとめます。カテゴリーをわけましたので右のメニューか下のところからぽちっと飛んでくださいね。
それではまとめを。



「後悔」(2010年8月23日、http://twitter.com/SS7thdrgon初出 9月14日改訂)

故郷にあった支社から学生時代からあこがれ続けた東京の本社に移って三カ月――ようやっと同僚とも愛想笑いを交わさずにすむようになった頃、私用の携帯電話が突然焦ったように鳴り出した。滅多に鳴ることのない私用電話に、マナーモードにし忘れていたことに気付き慌てて二つ折りのそれを開く。
お前のケータイが鳴るなんて珍しいなァ、とからかってくる新しい上司に苦笑を返して胸ポケットから煙草を取り出して頭を下げた。小走りで部署を抜け、給湯室の隣の喫煙スペースへ来てようやって画面に目を落とす。見れば、大学時代のサークルの同期の友人からのメールであった。「sb:無題」とある。
社会人の常識がなんたら、とイラつきながらケータイの中央のボタンを押せば、「取り急ぎ」と出だしにあった。そのままカチカチと画面をスクロールさせれば「驚くな」などと書いてある。ああ、結婚報告かと思いかけてまたイラつき、カチカチという音を加速させる。だが、文章は浮かれた様子がない。
「Y.I.が倒れた。どうも長くないらしい」
火をつけないまま咥えていた煙草がぽろりと床へと落ちた。男はスクロールを止め、何度も何度もその言葉の列を読み返した。Y.I.、卒業後も親しくしていた女の後輩だ。二人きりで出かけたこともある。ほんの三か月前まで元気だったではないか。
そこから先、メールには詳しい病状や病名などが書いてあったが、男の頭には一切情報が入ってこなかった。片手に少し足りないくらい歳の離れた彼女の顔ばかり浮かぶ。くるくると変わる表情を飽きずに見ていたこともある。だが三か月前から、顔を見ていなければ声も聞いていない。メールもしていない。
立ち尽くしたままでいると、新しい同僚がおぅいと彼の目の前で手を振った。大丈夫か、どうかしたのかという同僚に曖昧に笑う。それから落としていた煙草を拾ってそのまま灰皿に捨て、無意識のうちに自分のデスクへ戻った。わずか数分の間に様子の様変わりした男に部署の者たちが首をかしげる。
それから退社まではあまり覚えていない。ともかく終業のチャイムとともに荷物をまとめて会社を出て、メールをくれた友人に電話をした。よくわからないがもうダメらしい、としか言わない彼から入院先などを聞いた。入院先は彼の恩師も世話になったことがある大きな病院だった。
思い出さずとも浮かぶその場所。友人への電話を切った後、溜まらず彼女の番号を呼び出した。通話ボタンを押して数コール、わずか数秒が地獄のように思えた。だが、次のアナウンスに男の頭は真っ白になった。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。……」
男は頭を抱えて目をつぶった。瞼の裏に移ったのは、一筋涙を流して歯を食いしばった彼女だった。それから、瞼の裏の彼女はかつての彼に一礼して身をひるがえす。待ってくれ、とあの時言えなかった言葉がガンガンと脳裏にこだました。それ以外の彼女が上手く思い出せず、彼は呻いた。

週末、彼は一番早い電車に乗った。故郷までは3時間、そこから病院までは20分。本も読まずにそんな時間を過ごしたのは初めてのことだった。ともかく彼女のことで頭がいっぱいで、自分に笑いかけてくれる彼女を思い出そうと何度も努力した。上手くいかないうちに、着きましたよと運転手が告げる。
学生のころは相乗りしたタクシーも今ではひとりで気軽に乗れる。そのことに気づいて呆然とし、気を取り直して病院へ入る。入院している科と階数は聞いている。ナースステーションで彼女の名を告げれば、看護婦は三つの数字を教えてくれた。個室だとわかったのはドアを開けてからである。
痩せこけているのでは、と怯えた彼女の顔は意外にも艶やかで拍子抜けした。だがぐったりと眠ったままの彼女を見るのは初めてだった。思わず昔したように髪をなでると、瞼が上がった。寝ぼけているのか、生気がないのか、目はうつろだ。男は慌てて手を引いた。彼女が彼を認識するのに少しかかった。
「何しに来たんです?」
「見舞いに決まっているだろ」
「……手ぶらで?」
相変わらずの突っ込みに、ほっとするとともに男は苦笑した。だが女はわずかしか笑わない。口角が上がっただけだった。
「彼女さんは、お元気ですか」
ずきりと男の胸に痛みが走る。女はようやっと苦笑した。
「――ああ」
「そう、ここに来ることは言いました?」
「――いや」
「そう。早く帰った方がいいですよ、怒られます」
「後輩の見舞いに来ちゃいけないのか」
「そうじゃないけど、少し前に告白された子の見舞いに行った、なんて言われたら気分良くないですよ」
そこで二人の間に沈黙が落ちた。
「なんで気分が悪くなるんだ。見舞いだろ――ただの」
「でも、女はそういう生き物です。さあ、手土産がないなら帰った帰った。――お元気そうでなによりです」
ひらひらと手を振る彼女を呆然と、成す術なく彼は見下ろしていた。三か月前、ずっと好きだった、と告げてくれた女を呆然と。

帰り際彼女と約束させられた。
1、今日ここに来たことは誰にも、もちろん恋人にも言わないこと。
2、「私」に告白されたこともずっと恋人には黙っていること。
ベッドに座る彼女は約束の理由について「ともかく女は、自分の男がそういう女のところに行くのが嫌なのです」とだけ言って笑った。
それから、
「3」
と彼女は言った。
「私が死んだと聞いても、葬式には来ないこと」
その言葉に口をきけなくなった男に彼女は再び繰り返した。
「ともかく女は、自分の男がそういう女のところに行くのが嫌なのです」と。男は、数ヵ月後、すべての約束を守ることも、破ることもしなかった。


「好きだ」と言われた時、男はいった。「恋人がいる」と。響く読経が彼を責めたてるようだった。幸せにする自信がなかった、喪うのが怖かった、だから「傷つけないように」嘘をついた。わずか数か月前の出来事である。後悔はない、とずっと思い続けてきた。だが胸にあふれてくるのはそればかりだ。
だから三つの約束は破りようも、守りようもなかった。恋人などいない。彼女のほかに好いた女などいない。怯えた自分がついた嘘だ。彼女を苦労してでも幸せにするより、己一人の気持ちばかりを優先した。彼女に対して保身をした。それだけのことだ。「不幸にするよりずっといい」と言い聞かせてきた。
だが、結果不幸になったのは誰だ。男は穏やかに眠る彼女を見下ろしながら思う。「愛を知らないより、愛を失った方がずっとまし」脳裏に浮かんだ言葉に自問する。自分が失ったのは何だったのだろうか、と。自己愛のために喪ったモノの名前を彼は知らない。喪った末の名前である「後悔」しか知らない。
去りゆく霊柩車を呆然と眺めていると、「あの」と声が掛けられた。振り返れば知らない顔があった。いや、よくみれば受け付きで記帳係だった女のようだ。彼女の親友だと名乗るその人が言った。
「絶対に、きっと、たぶん、来ないだろうけど、貴方が来たら渡してくれと頼まれました」
女は彼の名が書いてある白い封筒を差し出した。男はそれを力なく受け取る。
女が去って、封筒と揃いの真っ白な便せんを取り出し、開けば――彼女が愛用したブルーのインクで、それは書いてあった。

『嘘つき』

真っ白な紙にはたった三文字。男はその言葉をつぶやいた。うそつき、と。噛み締めれば、言葉は苦みとなり、嗚咽となってあふれだした。脳裏で彼女がひどく穏やかな顔でその言葉を紡ぐ。許してくれ、と男は懇願した。だが嘘つき、という文字が優しい丸みを帯びていることに彼は気づいただろうか。
文字の丸みも、男の嗚咽も、もはや誰も知らない話である。


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